働き方改革を要求したい

わたしは実家のうどん屋で働いていて、定休日の月曜が休み。

 

 

 

 

週に一度の休みがとても有難い。

 

 

 

 

そして、一年ほど前から経営者である私の両親の意向で第三火曜日も休みにしようじゃあないか!ということで月に一度だけは月・火と二日間つづけての休みをもらえることになり、これはさらに有難い。

 

 

 

 

まさに今回がその第三週目にあたる。

昨日、今日と二連休。

一日しか休みが無いのとでは、心の余裕が全く、大きく違う。

 

 

 

 

 

基本、月曜日は午前中は習い事を入れているので自由時間に充てられるのは午後のみ。しかも、末っ子の小学2年生が帰ってくる午後3時台まで。

 

 

 

 

 

そうなってくると、習い事終わって、お昼を食べて、昼寝して・・・・ってやってたらほぼ余分に使える時間は皆無。

 

 

 

 

 

それでも何でも、末っ子が幼稚園に通ってる頃よりはずーーーーっと自由が利くようになった今に感謝。だって、迎えに行かなくても一人で小学校から下校して来てくれるんだから。四番目(末っ子)が小学校に入学してからは、それはそれは私の負担も激減。子供たちの成長っぷりには本当に感心させられる。子育ては果てしないと思ってたのも遠い昔のように感じる。長男は今春大学生になり、もうすぐこの家を出ていくんだから・・・・。「ママにも一人の時間を頂戴よーーーーー!!!」って発狂していた日々が懐かしい・・・・笑

 

 

 

 

案外

「さあ、好きなだけ、好きなように一人時間を楽しんでいいんですよ。」って時間ができるようになると、さあて、何をすればいいのやら・・・・。

 

 

 

 

子育て真っ最中、ストレス全開、イライラ満開の時には「せめて一人で買い物できる時間が欲しい・・・・!!!!せめて一人でお茶できる時間が欲しい・・・・・!!!漫喫いきたい!!!!一人でランチしたい!!!」って心の中でずっとずっと、ずーーーーーーっと思ってたのに。

 

 

 

 

今は休みとなると家で掃除してるのが楽しいとか、お昼ご飯も自分でシャケ焼いてあとは長男に作ったお弁当の残りおかずを食べるのが、何だかとってもしあわせじゃ〜ん・・・とか。そんな風になってる現状。

 

 

 

 

 

今日もひたすら家事と子供たち関連の書類書きで一日が終わった。ちなみに、我が家には受験生が二人いて。長男は大学受験。長女は高校受験。そのため、いろいろ神経を使う書類提出が多くって・・・・。けど今日結構終わらせることができたのでスッキリ!

 

 

 

 

 

 

家事と書類に向き合う一日もいい日だった。そんな風に思えるのは家という空間を好きになれ始めたからだと自己分析してる。

 

 

 

 

 

 

少し前から物を減らすことと、マメに掃除することに楽しさを覚え始め。整った空間で生活することがどれほど心に良き影響を与えるのかということを人生初で強く実感している。

 

 

 

 

 

 

わたしは昔からインテリアが大好きで、部屋にはこだわりがあって、いつも「こんな部屋で過ごしたいな〜」と思い描き続けてきた。だから自分なりにちゃんと理想に近づけるように努力してきたと思っていた。だけど、いつも心のどこかで「理想にはここが足りないから今は無理なんだ」と自分の思い通りには“できない理由”ばかりを探していた。

 

 

 

 

 

「家族のものは私の自由には出来ないから、だから理想通りの部屋するのは今は無理。」「この家の古さでは大掛かりなリフォームでもしない限りは理想の家にはならないから引っ越すまでは無理。」「今はお金もないし、時間もないし、余裕もないから、部屋を片付けたりインテリアに凝ったりするのも今はまだ無理。」

 

 

 

 

 

そうしていつもこう思ってた。

 

 

 

 

 

 

「いつかは、そのうちには。ここがこうなれば、この問題点が改善されれば。時を待てば理想の未来が近づいて来るはず!」と。

 

 

 

 

 

 

どうかしてた。

「こういう問題点があるから今は到底無理。」けど、いつかはそれが解消されて、理想の現実が近づいてくるはず、なんて本気で信じてたんだから。ビックリだよね。笑

 

 

 

 

 

いつも人のせい。状況のせい。にしていたんだ。

 

 

 

 

 

 

自分が視点を変えればどうにでもなったのに。

 

 

 

 

 

結局は自分だったんだってこと。

わたし。

すべてはそこから来ていた。

無理だと思ってた問題点の”出所(でどころ)”はわたしだった。

 

 

 

 

 

気づけて良かった。

ほんとにそう思う。

 

 

 

 

 

物と向き合い、捨てる決心を重ねていくうちに心の中にも空間がどんどんできて来て、それに伴い物に敬意を持てるようになり、大切に接することができるようになった。これまでどんだけ傲慢に接して来たんだろうって反省するくらいに。

 

 

 

 

 

そうしたら自然に家を綺麗にしたいと思うようになり、毎日の掃除が楽しくなってきた。

 

 

 

 

 

もちろん、隅々まで完璧になんて出来ないし。

自分のやりたい範囲で、できる範囲でだけど。

 

 

 

 

 

 

朝のバタバタ時間にも少しキッチン周りを整えて仕事に出かけるだけでも全然心持がちがってくる。

 

 

 

 

 

この朝の整え時間をもう少し余裕をもって過ごしたいな〜〜〜という欲求がふつふつ。

 

 

 

 

 

あと、空間にゆっくり優しく向き合う時間をもう少し欲しいから、休みももっと欲しいな〜なんて。

 

 

 

 

 

働き方改革を希望。出勤時間をもう少し、遅らせてください。それから休み週休二日にしてほしい・・・!笑

 

もう、面倒臭いや…

本当の自分を探すとか、成りたい自分になるとか、もう面倒臭いので…、




これが私よ!で行こうと思う。




嫌わば嫌え。
好かれなくとも大丈夫。




ごめんなさい、わたし、




こういうやつなんです。


捨て続ける。

前回も書いたけど、変わらず断捨離に没頭中。




年末年始もひたすら捨て続けてる。




捨ててみて一番おもしろかった変化がある。それは…




服。




手持ちの服を少なくしたら、毎日の「今日は何をどう着よう……」って悩みから解消された。




これは私にとっては凄い大きな効果。




毎朝コーディネートに悩んで時間を費やして、悩んだ挙句に着ていった服がイマイチだった日には1日気分が乗らなくて…って。そんなことがしばしば起きていたけど、それが無くなった。




お気に入りだけをローテーションで着回すからどれをとっても「あ〜、今日失敗した」ってことが無い。しかも気に入ってる服しか着ないからいつも気分が上がる。




この調子で部屋着(パジャマ)もお気に入りに変えてこうと思う。部屋着ってそれで外には出ないからって、ついつい手を抜きがち。




けど、睡眠時間とかも含めると結構長いこと身につけてるんだよね。「家の中だからいいや」ってグダグダな格好してて本当に私自身はそれで良いのか?!て問いた時に「いや、それはだめやろ」て思った。




こんな感じで断捨離に目覚めてから色んな面で意識が変わってきて面白い発見や気づきが沢山。




捨てる物があるって楽しい。




昨日はキッチン周りを綺麗に整頓した。そしたら料理をするのも楽しくなってきた。




高3の息子はいま受験生で。正月も関係なく塾通い。今朝もお弁当を作って持たせたが、お弁当づくりもいつもよりスムーズに行った気がする。




物を捨てることって、いつもどこかに罪悪感を感じていたけど、スペースができることで私の心にも空間ができてとても気分が良くなる。上機嫌でいられる。そうなると周りにも優しく接する事が出来るし事もスムーズに運ぶ。




何より、私の中のモヤモヤっとしたものがだんだん晴れてクリアになってきた。




いい事づくめ。




これからもしばらく続けていこう。




自由と思ってたのに、実は不自由だったのかもしれない

最近、片付けや収納やミニマリストに関する動画をよく見るようになって。




すっかり断捨離にハマっている。




ここ数日間は毎日「あ、これいらないやん。」て不要な物を見つけてはポイと捨ててる。




こんなにも不要な物に囲まれて生活してたんだな、と改めて思う。




なんでこれを取っておいたんだろう…て思うものがとても沢山あることにやっと気づいた。




これまで何度も引越しをしてきて、その都度たくさんの物を処分してきた筈なのに今現在もまだまだ沢山の「いらないや」って物に囲まれて生きていたみたい。




ある動画を見ていてとても腑に落ちた言葉がある。




「物をたくさん持っていることはとても不自由なことなんですよ」




ああ、納得。
それ、すごくわかる!




わたしずっとモヤモヤしていたんだよね。理想の暮らしに辿りつけないのは何で?って。昔に比べたら随分と自由な暮らしをしているはずなのに、何故か不自由を感じていたのは何故?!って。今やっと“不要な物に囲まれすぎていたから”かもしれないと思い始めた。




というわけで、しばらくは物を減らして理想の暮らしに近づけることに没頭してみようかなと思う。




近況でした。




近況と言えば。先日わたしの誕生日で、長女と次女にケーキをもらい、うれしかったです。

わたしが欲しいものは?

飽きてきた。




SNSにも飽きてきた。




いろんなことに飽きてきた。




グゥワァーーッとのめり込めるものに出会いたい。




今一番欲しいものは、




心が踊って踊って仕方ないくらいの「ヒャッホーイ、これ楽しいーーー!!」て思えるような好きなこと。




躍動する人生がいいなぁ~。




最近はちょっと退屈…




またひとつ、やりたいことが見つかった。

古めかしい昔ながらの喫茶店でウィンナーコーヒーを飲みたい……!




今すぐ叶えようと思えば叶う、夢とは呼べないような、




ささやか〜な希望だが




「あ〜、こんな“ささやか”なこともワクワクして“いつかやってみたい!”って思える“小さな”ことが山ほどある!それがどうしょーーーもなく幸せだ……!!」




って思えてしまう。




結婚して子育てして。

その間、きっと多くの女性は自分に沢山の制限を課してるんじゃないかと思う。




“良き妻として、理想の妻として。良き母として、理想の母として。”




少なくともわたし自身はそうだったので、自分に沢山「これは我慢するべき。これはこうするべき。」という制限を課していた。




だからこそ、今は。




少しずつ出来るようになってきた“ことがら”が嬉しくて仕方がない。




胸が踊る。




些細な事にも喜びを感じる。




ちっちゃな幸せを感じられるのも、そういう“制限時代”があったから。




過去の全てがあってこその今の喜び。だから過去にありがとう…!なんだ。




いつ行こうかな。
ウィンナーコーヒー飲みに…^ ^

色。

秋は色がハッキリしていて好きだな。




赤。
茶色。
黄色。




他にもあるかな、秋の“色”?




銀杏の黄色は圧巻よねー。




少し前に撮った近所のイチョウの木。

ありがとうございます

わたしは、
気の合った人も、合わなかった人も、




好きな人も、嫌いな人も、




記憶に残る人も、そうでない人も、




また会いたいと思う人も、二度と会いたくないと思う人も、




とにかくこれまで、わたしが出会ってきた多くの人に、感謝をできるようになった。




色んな局面でそっと励ましをくれたり、支えてくれたり、そんな方達にはもちろん感謝が絶えないが、その一方で苦い思いしか残らなかった出会いでも、何らかの気づきを必ず私にくれたから。




だから、やはりどんな出会いにも感謝だ。




やっとそんな風に受け取れるようになった今日この頃。

季節めぐり。

今年も。
庭の南天の実が赤く色づいた。




去年の南天の枝をずっと家の中に飾っていて一年経った。すっかり“ドライフラワー化”した南天は、実の部分もかなり深い真紅と化していた。





それはそれで、味があって好きだったのだけど、せっかく真っ赤な実が今年も成ったので、枝を切って去年のモノと差し替えた。



(↑これは今年の南天。1日前に飾ったやつ)



さっそく “NEW南天の実” に気づいた末っ子がパタパタとわたしの元にやってきて、





「マーちゃん!あの、赤いの!!あの赤いやつね、赤いの!とっても可愛い!!!変えたの?!めちゃ可愛いよー!」って。




そうだよ、今年も南天の実は赤く色づき、当たり前のように季節は巡ってきたんだよ。




生き生きとしたあの生命力溢れる赤い実は一年後の今現在も地球に色んな“生”が芽吹いてる証拠だね。




自然過ぎて気づかない。





だけど、本当は一番すごいこと。感激するところ。この世の中で一番、奇跡で尊いことなんだと、





“ふんわり”とした幸福感に包まれた瞬間だった。

楽に生きましょう!

どこか自分のなかで、誰かのために“してやってる”とか“私がこんなにやってあげてるのに!”感があると、とてもしんどくなる。




人のために、人を思ってすることは素晴らしいこと。だけどそこに大なり小なりの我慢が生じてたらそれは不幸だと思う。




どこかで報われたいと思うし、見返りを求めてしまうし。




わたしこんなに尽くしてるのに(頑張ってるのに)なんで…なんで…?!みたいな心境はマジでしんどいよね。




それに気づいてからは基本、自己中心主義。




誰かのために自分を犠牲にはしません。私がハッピーなのが一番、それが地球をもハッピーにする。




見返りなんか、求めてない。