シャインマスカットとピオーネをもらった。

 

 

 

 

一粒一粒がめちゃくちゃ大きくて甘くて美味しくて・・・

 

 

 

 

 

こんな美味しくて立派なぶとうを作れる人ってスゴイって思う。

 

 

 

 

 

その方たちがこの葡萄たちにかける愛情ってどれだけ深いんだろう・・・・て思うと

 

 

 

 

 

とても感動する。

 

 

 

 

秋は美味しいものがいっぱいあって、しあわせだな〜

ちゃんと“母親”できてる?

次男の水筒カバー
 

今日は仕事場の飲食店が早く売り切れて、いつもより早目に帰路につくことができた。

 

 

 

 

 

帰って来たら、長女も次男も留守。

 

 

 

 

 

しばらくして、長女帰宅。

 

 

 

 

 

 

友達と外で遊んでいた長女(高校生)がその友達を連れてウチに帰ってきて私の顔をみるなり、

 

 

 

 

 

「ママ、おったん?なんで?!」って少しビックリしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、早目に売り切れになったんよ〜。だから早く帰ってこれた。」「あーね。」

 

 

 

 

 

 

 

かろうじて、小3の次女はまだ私の仕事場について来てくれるので今日も仕事が終わってから一緒に帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

ただ、家に帰ってからは彼女(次女)は速攻、自分のスウィッチを使って好きなYouTuberの動画に没頭してるけどね。笑。

 

 

 

 

 

 

きっとそう遠くない未来。彼女は私よりもずっとずーーっと、ネット関連のあれやこれに詳しくなっていることだろう。

 

 

 

 

 

 

最近、うれしくも少し切なくもあるのは、こんな感じで子供たちが確実に自分たちの人生を自分たちの足で歩き始めていること。

 

 

 

 

 

 

いや……やっぱり嬉しいという感情が断然勝るか…な。

 

 

 

 

 

 

さてさて。

 

 

 

 

 

私もいつもよりも仕事が早く終わり、そして明日は定休日で休みということもあり、気持ちにも時間にも余裕があるので。

 

 

 

 

 

 

国税調査の回答をしたり、次男の水筒カバーのほころびを繕ったりと。そんなふうに小一時間をつかってみた。

 

 

 

 

 

 

次男、水筒カバーの扱いが荒く、いつもカバーが劣化してやむなく買い替え〜〜というパターンなのだ。

 

 

 

 

 

 

今回は早い段階で応急処置できたから、これで小学校卒業まではなんとかイケル。

 

 

 

 

 

 

ハズ。

 

 

 

 

 

 

水筒って、高いからな。

 

 

 

 

 

 

小学校のうちは買い替えないからな、わかったか、次男。

 

 

 

 

 

仕事終わって、針に糸を通し、、、

 

 

 

 

 

 

チクチク。

 

 

 

 

 

チクチク。

 

 

 

 

 

繕うわたしは、

 

 

 

 

 

なんだか「母親らしくない?」と、

 

 

 

 

 

 

ひとり、自己満な秋の日の夕方でした。

 

 

 

 

 

 

あー。もうすぐ秋分だ。

 

え・・・!もう!?

えーーーー

 

 

 

 

いつの間にかもう9月!?

 

 

 

 

 

今年は特にコロナの影響で色んな行事が無くなるし、夏休みは短かったし、そんなこんなで例年通りの感じではなくて今が何月だかわからなくなってしまう〜〜

 

 

 

 

時間の経過がマッハ。

 

 

 

 

 

 

あっという間に時間が経過していて、ビックリするね。

 

 

 

 

 

 

人間界はなんだか慌ただしく過ぎていってるので、かろうじて植物の時間から今の季節を感じることが出来ている。

 

 

百日紅

 

毎年、

夏から初秋にかけて鮮やかなピンク色の花を咲かせる百日紅の花。

 

 

 

 

“さるすべり”と読みます。

 

 

 

 

 

秋の空とマッチして、とても美しい。

ついつい毎年カメラを向けてしまいます。

 

 

 

 

 

 

私の住む地域でも、少しずつ秋が深まりクーラーをつけずに過ごせる日が続いています。

 

 

 

 

 

休日には窓を全開にして秋の風をめいいっぱい取り込んで気持ち良く過ごせる、、、、この時期がとても心地よく大好きです。

 

 

 

 

 

ちなみに、今日の休みは県外に住む大学生の息子にちょっとした食材を送りました。アスリートな息子なので栄養補助食品的なものと、最近は災害が多いので非常食としても役立つもの。

 

 

 

 

 

わたしも親元を離れて暮らしている時に母がよく小包みを送ってくれていて、それがとてもホッコリあたたかかった。

 

 

 

 

自分が送る立場になれたことが少しうれしい。

 

 

 

 

 

息子にとって迷惑になってなきゃいいけどね、笑。

 

 

 

 

最後に、

 

 

 

 

 

少し前に末っ子(次女)が描いた絵を。

 

 

 

 

面白い絵だったので。

 

次女の描いた絵

 

レインボーフクロウ。

 

 

 

 

ついでに告知。

 

 

 

 

日々のお弁当づくりなど、育児に関するブログはこちらに書いてます→うち伝説

あと50年も猶予はあるかもしれない・・!

私、46歳。(大学1年生、高1、小6、小3の四児の母)

 

 

 

 

 

両親は70歳。

 

 

 

 

 

 

私は大学に進学した頃(18歳)に実家の九州を離れ大阪に行った。

 

 

 

 

 

その地で結婚をし、地元九州で過ごした時間と変わらないくらいの長い年月を大阪で過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

そこから、元主人の転勤で佐賀、埼玉、香川に住んで・・・・再び九州の地元に帰って来て、六年が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

とても長い年月が経って再び両親のそばで、両親が築き上げたうどん屋で一緒に仕事をすることとなり、勝手に一人で「わたしがこの店を守っていかなきゃ!」みたいな気負いがあった。

 

 

 

 

(人生のパートナーがいた時は「主人についていく!」と決めてたので実家の店のことは私にはどうすることも出来ないとあきらめていた。けど、離婚してからは(両親の築いたうどん屋を継ぐのは)私の使命なのかもしれない・・・と再び思い始めていて。)

 

 

 

 

 

 

私や妹をここまで大きくしてくれたお店を両親の代で終わらすわけにないかない・・・・という気持ちは意識せずとも、きっと子供の頃からずっとどこかにあったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

長女だし、「わたしがなんとかしなければ・・・・!」的な。そんな思い。

 

 

 

 

 

 

 

その思いに数十年ずっと苦しめられたし、いっぱいいっぱい悩んだし、考えたし。

 

 

 

 

 

 

 

この数年間、これまで心の中でずっと「両親ももう70代、いい歳だし、いつどうなってもそれは自然の摂理。両親が元気な内に今ここで私が安心させてあげなきゃ。私がしっかりしなきゃ・・・」

 

 

 

 

 

こんな思いに支配されていたんだ、私の心。

 

 

 

 

 

 

長年グルグルと無限ループに陥っていた私の心だけど、少しずつそんな「こうしなきゃ!!」って思いから解き放たれ、最近だいぶ楽になってきた。

 

 

 

 

 

私自身に貸したそんな呪縛を自分で解き放つことができてきたから。

 

 

 

 

 

 

そして、今日ふと、こんなことも心に浮かんできた。

 

 

 

 

 

「これからは人生200年時代が来るっていうやん?例えば親が120歳まで生きたとするとあと50年もあるやん?・・・・そんとき私は96歳・・・!?!?えーーーまだまだ先やん!何をそんな切羽つまってたんやろ?!?!?」って。

 

 

 

 

 

 

私の勝手な押し付けだったことに気づいた。

 

 

 

 

 

親がもう70歳を越えたから、老いてる身にはきっときっと

 

 

 

 

 

色んな事が無理になってる、だとか

 

 

 

 

 

 

もう、(両親に)残ってる時間は限られているんだとか・・・・

 

 

 

 

 

えーーーー!!!!

私が勝手にそれ決める?

 

 

 

 

ってハッとしました。

 

 

 

 

 

 

それ、良くないよね。

 

 

 

 

 

 

私がそう思って(不安に思って、心配して、)親に対してそんな振る舞いをしてたら、実際に両親も色んなことが出来なくなってきた。

 

 

 

 

 

今ままで当たり前に出来てたことが出来なくなるんだよ、娘に頼らないとできない・・・みたいになっちゃってて。

 

 

 

 

 

 

私の意識がそうさせたのかも・・・・って「ソラ」恐ろしくなった。

 

 

 

 

 

私の勝手な思い込みと、両親に対する「私がやってあげなきゃでしょ!?」という押し付の思い。これはダメだろ、って気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで店を築いてきた、両親の力。

 

 

 

 

 

 

これは紛れもない事実。

 

 

 

 

 

それが年齢うんぬんが理由で変わる?

 

 

 

 

 

いやいや、ちゃんとやれるよ、これからも。

 

 

 

 

 

 

うちの両親は42年間やってこれたんだ。

 

 

 

 

 

 

これからも、自分たちのお店を自分たちで、自分たちの心ゆくまで、自分たちの納得がいくように完成させることができる。

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、

 

 

 

 

 

うちの両親はまだまだ「アラセブ」(アラウンドセブンティー)

 

 

 

 

 

 

120歳まではあと50年・・・・も!

 

 

 

 

 

 

 

時間はたっぷりある。

 

 

 

 

 

 

いろいろと楽しんで自身の人生を謳歌してもらおうじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

むしろ、120歳という期限も外さないといけないかもね。

 

 

 

 

200歳、いやそれ以上。

いついつまでも、面白おかしく自由に長生きしてよ。

 

 

 

 

 

扱いにくい娘ですが、これからもよろしくね。

 

 

当たり前だとされてきたことが、そうじゃなくなる時代

コロナ防止や水害のため1学期の授業が大幅にカットされ、それに伴い夏休みも大幅カットということになった学生たち。

 

 

 

 

わがやの小学生二人組も今日から新学期。

 

 

 

 

 

今晩、わがやの一番下の子がポツリ。

 

 

 

 

 

「学校が二日にいっぺんだったらいいのになあ〜。一日行って一日休み、みたいなのがいい〜」

 

 

 

 

って。

 

 

 

 

わかる。

 

 

 

 

 

もしかしたら、これから色んなことが「こうだったらいいのになあ〜」ってことに変わっていくかもよ。

 

 

 

 

 

これはこうあるべき!とか、

 

 

 

 

 

当たり前にそうでしょ!?とか、

 

 

 

 

 

そういうステレオタイプが通用しなくなる世界になるんじゃないかと思うし、そう願う。

 

 

 

 

 

 

固定概念が無い世界って、どれだけ楽しいだろう・・・って、そんなワクワクを感じながら夜は更けていきます。

 

 

 

 

夕暮れ時の一枚

 

※ある日の夕暮れ時に撮った写真。

ねこじゃらしがふわふわキラキラしていてとても愛らしかった。

別れ

大切なお友達が亡くなった。

 

 

 

 

 

あまりに突然すぎて、自分の感情さえもよくわからない。

 

 

 

 

 

 

その方と交流を始めた当初、

わたしは離婚直後で心がズタズタボロボロになっていて、かなり情緒不安定で。

 

 

 

 

 

 

そんな時に、

 

 

 

 

 

 

 

たくさんの優しさをくださった方でした。

 

 

 

 

 

たくさん手を差し伸べてくださった方でした。

 

 

 

 

 

たくさん褒めていただき、おかげで前を向くことができました。

 

 

 

 

 

今年、数人で一緒にホタルを見に連れてってくれて。

過去にも一度、ホタル観賞をご一緒していて今年が2回目でした。

 

 

 

 

 

「来年も行けたらいいですね。」と笑顔で言ってくれていました。

 

 

 

 

 

 

わたしも心から、来年もホタル鑑賞をご一緒したいと思っていました。

 

 

 

 

 

 

きちんとお別れも言えないまま。

「本当にありがとうございました」と感謝も伝えられないままでした。

 

 

 

 

 

 

人とお別れするときはいつもこんなふうです。

 

 

 

 

 

 

一晩かかっても伝えきれないほどの「ありがとう」を、なぜもっと普段から少しずつでも伝えておかなかったのか・・・・いつもそんな後悔で終わります。

 

 

 

 

 

 

 

今朝その方の訃報を知ったばかりで・・・・

お別れを受け入れられず。

 

 

 

 

 

 

今日一日がとても長くて、夜に近づくほどに、“お別れ”が現実味を帯びてきて心が泣いています。

 

 

 

 

 

今夜、私なりの“送る”意味も込めて、子供たちと線香花火をしました。

 

 

 

 

 

黄色く光る火の玉が、あの日に見た蛍のように見えました。

 

 

線香花火

“ママの作る料理で一番好きなのは・・・”!?

このあいだ、

 

 

 

小学校6年の次男坊に質問してみた。

 

 

 

 

 

「ママの作る料理で一番好きなのはなに?」

 

 

 

 

 

 

「カレーうどん!」

 

 

 

 

即答。

 

 

 

 

へえ〜〜〜知らなかった。

 

 

 

 

 

 

わたしの実家は42年前創業のうどん屋。

 

 

 

 

 

 

わたしの現在の仕事場でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

出汁も麺も本場もの。

 

 

 

 

 

 

それで作ったカレーうどん、“手前みそ”ではありますが、おいしくないはずはない。

 

 

 

 

 

 

次男坊のため、今日はカレーうどんに真心を込めて。。。。

 

 

本場のカレーうどん笑

 

彩(いろどり)豊に

ご近所さんにいただいたパプリカも入れた。

 

 

 

 

 

おいしくいただきました。

ごちそうさま。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、猛暑続きの日々に体力奪われて、もう本当にバテバテで・・・・・・

 

 

 

 

 

 

仕事から帰って、夕飯のメニュー考えて、買い物行って、夕飯作って、お皿洗って、という一連の動作が苦痛で仕方ない・・・・・!

 

 

 

 

 

とりあえず、仕事から帰って洗濯物取り込んだら、、、、、床につっぷして、しばらく動けなくなる。

 

 

 

 

 

 

そこへ、遊びから帰ってきた次男や、バイトから帰ってきた長女。

 

 

 

 

 

行き倒れさながらになった私の姿を見て彼(彼女)らは、

 

 

 

 

 

「死んでるやん。」

 

 

 

 

 

って、ひとこと。

 

 

 

 

 

うーーーー・・・つ、ツライ・・・・

 

 

 

 

もう、本当はこれ以上動けない・・・・そう、叫びたい。

 

 

 

 

 

そんなわけで、今は、夕飯作る〜という作業が、とてもとてもツライ時期である。

“あたりまえ”じゃない。

長かった梅雨があけた!!

と思ったら〜

 

 

 

 

びっくりするぐらいに、

カンカンの暑い夏がやってきた・・・!

 

 

 

 

わたしの住む地域は、全国で最高気温を記録してしまうところ。

(今は日本全国、色んな市ですごい記録を更新してしまうところが続出だけど・・・・)

 

 

 

 

 

今年も、例にもれず暑い・・・

 

 

 

 

 

夏は暑くて、

冬は寒い、

 

 

 

 

 

そして夕方に日は沈み、

朝には日が昇る。

 

 

 

 

 

それが、生まれてこのかた当たり前のことだったから、

 

 

 

 

 

 

そうならないなんて、想像したことがなかった。

 

 

 

 

 

生まれてから見てきた景色なんて、ほんの゛ちっぽけ ”な極小の限られたものだったのに、

 

「これが私の世界の全て」だと思ってることのほうが何だか不自然に思えてきてしまった

 

 

 

 

 

46歳の夏。

 

 

夕暮れ時

 

さて。

わたしはお盆も仕事で、帰宅してみると子供たちは、全員、、、留守・・・・

 

しーーん。

 

 

 

 

 

ほんと、私の手の届かないところにどんどん行ってるな、彼(彼女)らは。

 

 

 

 

 

 

世の中のお母さん。

「子育て大変〜!逃げ出したい〜〜!!」って思ってる“時期”は案外すぐに過ぎ去ってしまう・・・かも、ですよ?!?!

しょぼいけど、いいの。

ちょっと前のこと。

 

 

 

 

imovieで動画を作ることに少しだけ興味がわいて。

 

 

 

 

ある日の仕事休みの日に【すごオ〜く、どうでもいいことに焦点を当てた動画】を作ってみた。

 

 

 

 

 

わたしの日常に潜む、しあわせの瞬間。

わたし以外の人にとっては、ほんとうにどーーーーでもいいような「しょぼい幸せ」かもしれないけど。

 

 

 

 

このなんとも言えない幸福感を伝えたい!と思い動画にしてみました。

 

 

 

 

それではどうぞ。

 

田舎の夏の黄昏時。

九州の田舎で育った私。

 

 

 

 

祖父母の家の裏は田んぼと山だけの風景で夏の夕暮れ時にはよく“ひぐらし”が鳴いていた。

 

 

 

 

そして夜には田んぼからカエル達の大合唱。

 

 

 

 

 

うるさいんだけど、ぜんぜん嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

あの頃は窓を網戸にして寝ると夜風が心地よく、快適に眠れたなぁ。今みたいに一晩中クーラーに頼ることもなくて。

 

 

 

 

 

 

もう一方の祖父母の家ではよく“蚊帳”を張って寝ていたな。“秘密基地感”が増して、とてもワクワクしたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

当たり前のように、そんな幼少期を過ごしてきたが、成長してからはしばらく都会で暮らしたり、この故郷を離れていた時期も数十年あったけど、再び導かれるかのようにココに帰ってきて、いつもの何の変哲も無い夕暮れ時にふと庭に目をやると……

 

 

 

 

 

 

『ジジジジジ…』のセミの声。

 

 

 

 

 

 

“ひぐらし”ではないけどね。笑

 

 

 

 

 

 

ああ、日本の夏はまだココに存在してるなーって。

 

 

 

 

 

 

 

微笑んだ、黄昏時でした。