赤いパスポート



去年、パスポートをつくる機会があり




五年か十年のものにするか考えたときに、なんとなく十年有効期限のある赤いパスポートのほうにした。




これからの私の人生の飛躍を願う意味も込めて。




10代や20代の頃は思いつきとひらめきだけですぐに飛び込む事ができてたし勇気もあった。




知らない国に飛び込むことにも躊躇はなかった。




家庭に入ってからは、家族のことが最優先となり、チャレンジすることをしなくなったなぁ〜って思う。




離婚してからは、1日1日が必死過ぎていっぱいいっぱいの数年間だったし。




でも、それは決して家族のせいじゃあないんだよね。私自身が自分の感覚を麻痺させて、今のこの状況がベストなのだと信じ込もうとしてただけ。今はこれで良いのだと。




人はいつだって、どんな状況だって、チャレンジしようと思えばできるのにね。そのバイタリティが今の自分には無いと思ってた……というか、そう思う方が楽な道を行けると信じ込みたかった?かな?




もっとアグレッシブで無鉄砲で破天荒なはずだった、本来の自分は。




だからといって、さぁ、これを始めるぞ!って明確に決まってるわけじゃあないけど、赤いパスポートのおかげで少し自分を見つめ直すいい機会になったかも。




自分の心の奥底に潜むものと対峙できた気がして、心に火が灯った感じ。この感情と感覚を忘れないように書き留めたかったのです。

人生初の

息子の大学受験もやっと終わり、先日息子に言われ、入学式用のスーツを買いに出かけた。




息子にとって“人生初のスーツ”。




大学の入学式の前に、高校の離任式にも着ていく予定だったらしいんだけど…




コロナの影響で生徒参加の入学式は無くなるらしい(動画配信という形での入学式になるみたい)。そして、離任式も危ぶまれているのが現状。




スーツは早目に買っとかないと間に合わんらしい〜と息子に言われ早々と準備してたのに、どうやら2年後の成人式まで出番が無さそう。笑




今年の春は“例年通り”ではないことが沢山起こるね。




その一方で菜の花は今年もいつもの様に綺麗に咲いてくれていて、元気な黄色で心に活力を与えてくれてるけどね。

とりとめのない。

我が家の末っ子(小2の娘)は取り留めの無い話を私に延々としてくるのが大好き。




振り返るといつも私の後ろにいて、ずっとしゃべっている。




この間も、私がお風呂から上がった瞬間を待ち構えていて、韓国製のスライムの感触とそれを指でつつく時の音がどれだけ心地良いかを力説してきた。




「ね、聞いてて。聞いてて。ママ、ほら!聞いててよ?」って、しばらくスライムの音に付き合わされた。笑




そんな日常のやりとりをふと思い出して微笑ましくなったのは、次の朝に置きっぱなしにされたままのスライムを見つけたから。




娘の弾丸トークに辟易(へきえき)することもあるけど、私自身の心に少し余裕があるときは、娘の「どんな些細な事でもママに伝えたい!」という思いを可愛くて仕方ないと思える。そんな朝でした。


働き方改革を要求したい

わたしは実家のうどん屋で働いていて、定休日の月曜が休み。

 

 

 

 

週に一度の休みがとても有難い。

 

 

 

 

そして、一年ほど前から経営者である私の両親の意向で第三火曜日も休みにしようじゃあないか!ということで月に一度だけは月・火と二日間つづけての休みをもらえることになり、これはさらに有難い。

 

 

 

 

まさに今回がその第三週目にあたる。

昨日、今日と二連休。

一日しか休みが無いのとでは、心の余裕が全く、大きく違う。

 

 

 

 

 

基本、月曜日は午前中は習い事を入れているので自由時間に充てられるのは午後のみ。しかも、末っ子の小学2年生が帰ってくる午後3時台まで。

 

 

 

 

 

そうなってくると、習い事終わって、お昼を食べて、昼寝して・・・・ってやってたらほぼ余分に使える時間は皆無。

 

 

 

 

 

それでも何でも、末っ子が幼稚園に通ってる頃よりはずーーーーっと自由が利くようになった今に感謝。だって、迎えに行かなくても一人で小学校から下校して来てくれるんだから。四番目(末っ子)が小学校に入学してからは、それはそれは私の負担も激減。子供たちの成長っぷりには本当に感心させられる。子育ては果てしないと思ってたのも遠い昔のように感じる。長男は今春大学生になり、もうすぐこの家を出ていくんだから・・・・。「ママにも一人の時間を頂戴よーーーーー!!!」って発狂していた日々が懐かしい・・・・笑

 

 

 

 

案外

「さあ、好きなだけ、好きなように一人時間を楽しんでいいんですよ。」って時間ができるようになると、さあて、何をすればいいのやら・・・・。

 

 

 

 

子育て真っ最中、ストレス全開、イライラ満開の時には「せめて一人で買い物できる時間が欲しい・・・・!!!!せめて一人でお茶できる時間が欲しい・・・・・!!!漫喫いきたい!!!!一人でランチしたい!!!」って心の中でずっとずっと、ずーーーーーーっと思ってたのに。

 

 

 

 

今は休みとなると家で掃除してるのが楽しいとか、お昼ご飯も自分でシャケ焼いてあとは長男に作ったお弁当の残りおかずを食べるのが、何だかとってもしあわせじゃ〜ん・・・とか。そんな風になってる現状。

 

 

 

 

 

今日もひたすら家事と子供たち関連の書類書きで一日が終わった。ちなみに、我が家には受験生が二人いて。長男は大学受験。長女は高校受験。そのため、いろいろ神経を使う書類提出が多くって・・・・。けど今日結構終わらせることができたのでスッキリ!

 

 

 

 

 

 

家事と書類に向き合う一日もいい日だった。そんな風に思えるのは家という空間を好きになれ始めたからだと自己分析してる。

 

 

 

 

 

 

少し前から物を減らすことと、マメに掃除することに楽しさを覚え始め。整った空間で生活することがどれほど心に良き影響を与えるのかということを人生初で強く実感している。

 

 

 

 

 

 

わたしは昔からインテリアが大好きで、部屋にはこだわりがあって、いつも「こんな部屋で過ごしたいな〜」と思い描き続けてきた。だから自分なりにちゃんと理想に近づけるように努力してきたと思っていた。だけど、いつも心のどこかで「理想にはここが足りないから今は無理なんだ」と自分の思い通りには“できない理由”ばかりを探していた。

 

 

 

 

 

「家族のものは私の自由には出来ないから、だから理想通りの部屋するのは今は無理。」「この家の古さでは大掛かりなリフォームでもしない限りは理想の家にはならないから引っ越すまでは無理。」「今はお金もないし、時間もないし、余裕もないから、部屋を片付けたりインテリアに凝ったりするのも今はまだ無理。」

 

 

 

 

 

そうしていつもこう思ってた。

 

 

 

 

 

 

「いつかは、そのうちには。ここがこうなれば、この問題点が改善されれば。時を待てば理想の未来が近づいて来るはず!」と。

 

 

 

 

 

 

どうかしてた。

「こういう問題点があるから今は到底無理。」けど、いつかはそれが解消されて、理想の現実が近づいてくるはず、なんて本気で信じてたんだから。ビックリだよね。笑

 

 

 

 

 

いつも人のせい。状況のせい。にしていたんだ。

 

 

 

 

 

 

自分が視点を変えればどうにでもなったのに。

 

 

 

 

 

結局は自分だったんだってこと。

わたし。

すべてはそこから来ていた。

無理だと思ってた問題点の”出所(でどころ)”はわたしだった。

 

 

 

 

 

気づけて良かった。

ほんとにそう思う。

 

 

 

 

 

物と向き合い、捨てる決心を重ねていくうちに心の中にも空間がどんどんできて来て、それに伴い物に敬意を持てるようになり、大切に接することができるようになった。これまでどんだけ傲慢に接して来たんだろうって反省するくらいに。

 

 

 

 

 

そうしたら自然に家を綺麗にしたいと思うようになり、毎日の掃除が楽しくなってきた。

 

 

 

 

 

もちろん、隅々まで完璧になんて出来ないし。

自分のやりたい範囲で、できる範囲でだけど。

 

 

 

 

 

 

朝のバタバタ時間にも少しキッチン周りを整えて仕事に出かけるだけでも全然心持がちがってくる。

 

 

 

 

 

この朝の整え時間をもう少し余裕をもって過ごしたいな〜〜〜という欲求がふつふつ。

 

 

 

 

 

あと、空間にゆっくり優しく向き合う時間をもう少し欲しいから、休みももっと欲しいな〜なんて。

 

 

 

 

 

働き方改革を希望。出勤時間をもう少し、遅らせてください。それから休み週休二日にしてほしい・・・!笑

 

もう、面倒臭いや…

本当の自分を探すとか、成りたい自分になるとか、もう面倒臭いので…、




これが私よ!で行こうと思う。




嫌わば嫌え。
好かれなくとも大丈夫。




ごめんなさい、わたし、




こういうやつなんです。